己書(おのれしょ) おはな みやこ道場へようこそ

己書(おのれしょはお手本通り書くことが目的ではなく、書画を楽しむ道場です。
「きれいな字」を書くことに苦手意識があったとしても、自らの書がそのまま正解ですから、ルールや上手い、下手はありません。
初めての方でもちょっとコツを掴めば、いつの間にかすぐに筆が走り出し、
「味のある字」が描けてしまうのが己書です。
筆ペンで気軽に味のある字が描ける、「己書幸座」で、ぜひその楽しさを感じてください。 

 

おはなみやこ道場は己書道場でも日本最南端にあります。

沖縄ならではのお題や作品も多数用意して、沖縄文化の発信にも繋げていきたいと考えています。

Thank you for seeing "Onoresho Miyako Dojo".

"Onoresyo" means self written.

Foreigners who do not know kanji can also draw letters and pictures to draw pictures.

己書(おのれしょ)とは


一般社団法人日本己書道場が展開する、己書は、書道とは違い、自由に思い切って自分の心情や個性を、筆ペンを使って描き出す表現方法として、新聞やテレビなどのメディアからも注目されています。


二度描きOK!書き順は自由!といった書の常識にとらわれることなく自由な発想で楽しめます。

 

自らの書がそのまま正解なのですから、上手い、下手はありません。

己書は初めての方でもコツを掴めば、誰でも描くことができます。

今まで字や絵にコンプレックスを抱いていたのに、いつの間にか味のある絵が描けてしまうのが己書です。

 

もちろん筆を手にする時間が長ければ、その分、思うままに筆を走らせていくことはできていくるでしょう。

しかし、自らが頭の中に描いた世界観をイメージし、作品に近づけようとした時、その瞬間の心の状態も表現されていきますので、まったく同じ作品ができないのが面白みでもあります。

 

季節のご挨拶やお礼状、クリスマスカード、年賀状、お祝いなどを自分の個性を活かした文字で、相手にお渡しするとびっくりされますよ。

 

おはな みやこ道場について


沖縄の離島、宮古島にだんなと猫と3人で住んでおり、他の仕事や石鹸作りをしながら、道場師範をしています。

だんなも師範の資格を持っています。

10年以上前から宮古島という地に魅かれ、毎年訪れてきていましたが、ご縁あって2016年より東京から移住を決意して暮らしはじめました。

 

己書を楽しみながら、自分を思うままに表現していただいたり、宮古島の魅力を繋いでいきたいという想いでいます。

 

「おはな(ohana)」とはハワイの言葉で「家族」を意味します。

北緯24度というハワイと同じような温暖な気候の中で、家族のようなコミュニティを創れるお手伝いができたらと願っています。

 

定期的な幸座(講座)を開いたり、島に訪れる人々に癒しの時間を感じていただいたり、大先輩のおじいやおばあに楽しんでもらう機会を与えさせていただいたりしています。

 

続けて受けられる方には、ご入会いただくと(入会料などはかかりません)、10級からスタートします。

じっくり幸座を受けていくことで、進級し、師範としての道も開けます。

 

また、企業さま等向けの集中力向上トレーニングへの活用や、自身でできるオリジナル名刺や挨拶状作成のご支援、飲食店などのメニュー作成なども承っております。

幸座(講座)について


幸座(いわゆる講座を幸座と呼びます)や各イベントの予定はこちらで随時更新していきます。

 

幸座は初回は1000縁、2回目からは、1コマ90分2000縁(円=縁)が基本となります。

どなたでも事前予約をして、現地でで幸座料をお支払いいただければOKです。

初回は筆ペンの貸し出しします。続けられそうでしたら購入をお願いします。

 

行っても行かなくても支払うお月謝とは少し違います。

習われる方のレベル(回数や級)によって変わります。

 

基本的には師範からお題(そのまま真似するものとは違うのでお手本とは言いません)をお渡しし、そのお題に沿って進めていきます。

レベルにもよりますが、早い人ですと90分で3枚ほどハガキに絵と字を入れることができます。

 

筆ペンさえあれば、己書はすぐにはじめることができます。初回の方は貸し出しをしています。

己書の楽しさを知り、2回目以降も幸座に参加する場合にはマイ筆ペンの購入をしてください。
ほとんどの人が、家でも練習したいからとマイ筆ペンを購入していらっしゃいます。

 

4名様以上のグループでしたら、個別に沖縄県内での幸座開催もご相談ください。


己書(おのれしょ)の可能性

私が己書に出会ってハマってしまったのは、なんの芸術的センスもないのに、その瞬間の自分をカタチに表現することができるオモシロさと、気づいたら普段何気なく悩んでいることなど忘れてしまい、あれこれ考えず、無になって、描くことに集中することで、気持ちがすっきり楽になり、「今ここに集中する」ということを感じることができたことがきっかけでした。

 

例えばITの進化により、世の中は凄まじい勢いで変化しています。

IoTや物流等の発展のおかげで、離島にいても生活は便利になっています。

時間や空間を超えた情報のやり取りが可能になり、この離島でも猛烈な台風に襲われたとき、電気、ガス、水道といったインフラは切断されましたが、携帯の電波だけは繋がり、情報のやりとりだけはできたのには驚きました。

 

しかし、そういった変化に順応しきれず、溢れんばかりの情報の洪水に埋もれてしまう方も多いのではないでしょうか。

朝通勤するだけで、電車の中ではパーソナルスペースを確保するのにもやっとのラッシュの中、多くの人がスマホを手に取り、車内アナウンスが流れ、ドアの上の表示板にはニュース、交通、天気といった情報が流れ、電車から出れば、多くの人とぶつからないようにすれ違いながら歩き、デジタルサイネージには目がチカチカするほどの情報が飛び込んできます。

多くの情報が五感を通じて入り、仕事ではマルチタスクと言われ、一つの物事に集中したり、頭の中をカラッポにするということはとても難しいことです。

 

ITを始めとした変化は素晴らしいことで、普段の生活も便利になり、恩恵を受けていることを実感しているものの、例えばこの先、AIの進化により今ある仕事が無くなるとか、働き方改革などのニュースでも飛び交っていたり、シンギュラリティという恐怖に逆におびえながら、安定を求めつつも、外的要因の変化の激しさに対応しなければ、その安定さえも難しい世の中になってしまうかもしれません。

 

画一的に物事を考えるだけでなく、一人の人間として、自分自身を見つめ直して、感情を率直に表現できる機会がこのようなカタチであっても良いかと思っています。

デジタルではできない、その瞬間の自分と向き合い、気持ちを解放できる素晴らしさ、それをカタチにできる喜びが己書にはあります。